ふっと目が覚めた。けだるい体を起こすと、生提言のものしか置いていない殺風景が広 がっていた。ベッドに入ったのか入れられたのか。立ち上がって扉に手をかけると、隣の 部屋から包丁で何かを切っているらしいリズミカルな音が聞こえた。扉を開けてキッチン を覗くと見慣れた小さな背中が見えた。リエが来たのか。 何も言わずに出ると背中が振り返った。年上には見えない幼い顔立ちが呆れた表情をし ていた。 「起きたの?」 「ああ。…………、ナニカしたか? 俺」 自分の奇行に関しては理解済みの俺は自分の腕を確認しながらリエを見た。特にどうに もなっていない。薬をやったとしても退薬症状はない。 「電話に出なかった」 ポツリと小さく呟かれた言葉に、ふっと笑って肩をすくめた。電話に出なかっただけに 心配して来てくれたらしい。微苦笑して俺より数十センチ小さいその頭を軽く叩いた。 「ユウキ?」 「悪かったな」 肩をすくめてリエの背中を包み込んでそっと肩の力を抜いた。 「ユウキ?」 不思議そうな声をあげた彼女に何も言わずに俺は、しばらくその温もりと優しさに甘え ていた。 「熱、あるんだから、おとなしく寝てなさいよ」 困ったような甘い声で言いながらリエは包丁を置いて俺を背中にくっつっけながら、ソ ファーに移動した。そして、寝てなさいよというように振り向いたリエは苦笑していた。 「あんたねえ、ただでさえ蒼白い顔真っ青にしてるんだから……。辛いんでしょう?」 俺の行動をそう捉えたらしい。別にそういうわけではなく、ただ甘えたくなったのだ。 不意にという奴であり、身体が辛い、しんどいわけではない。しんどいのは、むしろ、毎 夜苦しめられえている精神の方だ。 「ねえ」 「ん?」 職場のときのそれよりずっと易しい声。ずっとこのままじゃさすがに困るだろうなと思 う反面、このままでいたいという思いがある。いつもは前者を選ぶが、今日だけだ。甘え たくなったのは熱のせいだと自分に言い聞かせてそっとリエの耳に口元を寄せた。 「俺が寝るまで、傍にいてくれないか?」 いつもは言い出せないことだが、今日だけは、今日だけは、何かに縋りたかった――。 夢にうなされる事のないよう、苛まされることのないよう、貴女の存在で、俺を、俺の いる此処が、現実だと感じさせて――。 この胸の内の虚ろを、埋めて――――。 「………………ん」 易しい声で頷いたり柄の温もりに甘え、縋りながらソファに寝転んで、彼女の手を胸の ところに持ってきて、両手で握り締めてふっと息を吐いて目を閉じた。 久々の安らぎが、不足しがちの睡眠と連動して、不眠症の気がある俺をいとも簡単に眠 りへといざなった。 ←BACK NEXT⇒