遊び疲れたらしい子供達がへばった頃を見計らってルランは何事もなかったようにロホ
の隣に戻った。そう広くはない庭だといえども何十周したのだろうか。全く息を切らして
いないルランにロホは頬を掻いた。
「これぐらいの運動は運動じゃないと?」
「そうですね。やりすぎましたか?」
「いんや。その後を考えればこれぐらいでいいだろう。結構みんななじんでんじゃん。お
前も含めてな」
「どういう意味ですか?」
「どういう意味もな。同じ年代のもいるんだ。ちょっときてみな」
 へばってた子供達は子供達で遊び始めてロホとルランは孤児院の二階部分に上がった。
「総大司教様」
 二階の突き当たりの部屋に入ると読書をしていたらしい粗末な服を着たルランと同い年
ぐらいの少年が首を傾げた。粗末な服の胸に紅い宝石だけが輝いている。ルランは軽く会
釈をすると彼は不思議そうな目をしたまま会釈し返した。
「少し前に神官として入ってきたルランだ。うわさぐらいは耳にしているだろう?」
「ああ、リリアさんが言ってました。僕より一つ下だと」
「んならいいな。暇だったらお前も来るよな?」
「本当に暇なら」
 頷いてロホに確認するように目をやると肩を竦め返された。ロホはそのまま引き下がっ
て外に出た。部屋に残される形になったルランはどうしようかと迷った。
「立ってないで、座ったらどうですか? ベッドに腰掛けてもいいですから」
「ああ、んじゃ」
 部屋の隅に置かれた使い古されたベッドに腰掛けると古びた臭いがした。さりげなく鼻
を掻いて辺りに目を向けるとどれも同じように使い古されて、年季があるよりぼろいとい
った方がいいだろう。
「旅って、どんなものなんですか?」
 その問に目を向けると何を期待しているのだろうか、きらきらした目でルランを見つめ
ていた。
「そんな期待するものでも……。てか、どこまで俺のこと知ってるの?」
「いえ、旅をして、総大司教さまに勧誘されてこちらに入ったと、後は狩人候補だと」
「もう候補じゃなくて、狩人の仕事を終えてきたばっかなんだけどな」
「え、でも、普通ならば」
 その普通に自嘲気味な笑みを浮かべて肩をすくめた。どうごまかそうかと頭を働かせて
旅の内容を知らない彼だからと溜め息をついた。
「俺の生業がもともと狩人だったんだ。旅をしながらそれをするのはあれだから、神官と
してこちらに所属していた方がいいだろうとね。草を枕にし朝露を飲んで飢えをしのぐと
は言った物だよ。さすがに草を枕にすると体が凍えてしまうから木の上や何かしらの上に
乗っていないといけないんだがね」
「へえ、狩人だったんですか」
「ああ。十の時に村を出てから五年間、狩りをしていた。途中、というか、最初の方は小
さすぎて何も出来なかったから、今となっては師匠と呼べる人に拾ってもらって独り立ち
できるまで戦闘術や狩りの仕方、普通にいらない技とか伝授されたな。あれは絶対いらな
い」
「なんですか?」
 呆れ顔でぼそぼそと呟いているルランに何かを感じ取ったらしい顔を引きつらせながら
首を傾げている彼に首を振って溜め息をついた。
「というより、君の名前は?」
 最もな質問に彼はああと叫んだ。叫ぶ事でもないだろうにと苦笑すると彼はルランをま
っすぐ見た。その視線がなぜか胸に突き刺さるように感じた。
「ウェナです」
「そうか。敬語もやめてくんねえかな。あんま好きじゃないんだ。堅苦しいの」
「そうですか。気をつけます」
「ああ。何の本読んでるんだ?」
 手を伸ばして本をとると表題を見た。見たことのない字。すぐに異国の字だとわかった。
「すこし、外国の。総大司教さまに借りて、少しずつだけど、読んでるんです」
「へえ」
 ぱらぱらと見て内容はどうなのかと見た。見たことはないが読めないことはない。
「結構面白いな。ヴァンパイアや、その他アンデットについての考察書だ。興味あるのか?」
 その言葉にウェナははっきり頷いた。その表情に困ってどうしようかと思った。
「で、何になりたいの?」
「何になりたいとかじゃなくて、興味があるだけで」
「へえ、狩人になりたいんだと思ったが」
 その言葉に苦笑したウェナの胸に揺れる紅い石が気になった。先ほどから目に入る。
「ああ、これですか?」
 視線に気づいたようにウェナが苦笑してみせる。ぐっと握って目を伏せたその表情にや
ばいと思ったが遅かった。
「母が、持たせてくれたものらしいです。母なのかな。両親が持たせたものかもしれない
って。捨てられたときに僕が持っていたものです」
「……。すまない」
「気にしないでください。僕も、たまにつけてるの忘れるぐらいですから」
 肩をすくめて返しその紅い石を見るように手で持つ。やたらとその赤がちらついて仕方
ない。
「そうか。で、そんなもんに興味を持ってなにがしたいの?」
 最もな質問にウェナはどうしようかといった表情で考え込んでいたが口を開いた。
「何がというよりは、聖職者になれば、そういう人たちとかかわるであろうし、その、そ
ういう人たちのことを理解……」
「本だけで、理解できるというのか?」
 ルランの鋭い質問にウェナははっと顔を上げた。ルランは表情を変えていた。どこか鋭
いものに。
「本だけで、理解できるのであれば、それは、ただの人ではない何かだろう。ヴァンパイ
アも、ダンピールも、元は人なんだ。ダンピールは人として暮らしている。人間という種
別とおなじものだ。少数的か、平均的なのか、それだけの違いで区別するの、得策ではな
いと思う」
 本を取り上げて、目に入った部分を読み上げた。異国の字だと言っていたが、この国で
使われている言葉とあまり変わらない。古書か何かだろうなと思いつつざっと目で読んだ。
「というように、私は、実験を重ね、この考察書を書き上げているのだが、一番にいえる
のは、やはり、ダンピールはヴァンパイアと同種であり、人間とは相容れぬものだという
ことだ。……これのどこが、理解するための本なんだ? ただの人種差別している本だろ」
「だけど」
「だから、人を理解するために、こんな考察書は必要なのかと聞いているんだ。……、い
らないだろう? 彼らは人でもあるんだ。化け物の血が入っているとは言えども、人には
変わりない。この本を読んで、その人種について理解したつもりになるのであれば、それ
は、彼らを実験体としか見ない、研究者共と同じ頭だ」
 その言葉に押し黙った。ルランは溜め息をついて本の中身を読んで胸くそ悪いなと思い
つつ机の上に放った。


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