朝の光と共におきたルランは教会に入って馬を外に出して帰る支度を整えていた。即席
の馬ぞりの出来は上々だった。ルランとヴィラが乗っても壊れない。五人近くの子供を二
つに分けて二頭の馬に引かせるのはかなりの名案だった。
「じゃ、行くぞ」
 まだ眠たそうな子供達に呼びかけてルランとアランは同時に馬を並足で歩かせた。眠た
そうな子供達も初めての経験に目をきらきらさせながら辺りを見ていた。
「気持ちいいだろ」
 しばらくしてルランが振り返ると子供達は頷いた。それを見てふっと笑うとやっと見え
てきた町に溜め息をついた。
「あそこに行くんだぞー?」
 乗っている子供と変わらないような間延びした口調でヴィラが町を指差すと子供達は目
を丸くして聖堂の十字架に見入った。田舎の教会の十字架は大きなものではないが、大き
な町のものならばその倍ほどもあるときもある。その上、総大司教もいる町なのだ。それ
なりに教会の規模は大きい分類になる。
「すっごーい」
「だろー?」
 ヴィラが首を傾げると何度も縦に首を振る子供達がいた。町の門を通り門番をしていた
兵に馬を返して子供達の手を引いて言われたとおりの道を通って孤児院へ向かった。
 孤児院に近づくに連れて子供達のはしゃぎ声が聞こえた。
「ねえ、ロホー、次何するのー?」
「あのなあ、総大司教様とよべ、じゃなかったら、司教様でも」
「ロホはロホだー」
 そんな屈託ない会話にルランは硬直して引きつった顔で孤児院を見てみると、予想通り、
子供と戯れて子供に呼び捨てにされる総大司教がいた。総大司教の威厳はどこへやら。ア
ランもヴィラも開いた口が閉じられないというようにその光景を見ていた。
 案内に従って中に入ると、リリアがほほえましいと言いたげにそれを見つめ、ルランを
見つけるとぱっと顔を明るくさせた。
「ルランさん」
 たたたと小走りにルランによってきてその後ろに隠れるようにして立っている子供達を
見て頷いた。
「そういうことですか。総大司教様、ルランさんたちが」
「ああ、わかったわかった。ちょっと待ってな」
 頭や腰に襲い掛かってきていた小さな子供達を下がらせるとルランによってきた。
「ご苦労だったな。子守も大変だったろう」
「ええ」
 道を譲るように連れてきた子供を見せてさりげなくリリアの隣に移動した。
「お久しぶりですね」
「ああ」
 頷いてリリアを見た。女性用の神官服に淡い色のエプロンをつけてくすくすと子供達を
見て笑っている。その姿に胸が高鳴るのを感じたが何故だろうと思い、とりあえず溜め息
をついた。
「どうですか? ここに来て」
 そんな感想は苦手だと言いかけたが喉の奥に押し込んでまた溜め息をついた。
「笑ってられることはいいと思う。ましてはこんな幼子だ。笑えないほうがおかしいが、
実際そんな環境があるのは事実だ。そういう面ではここはいい場所なのかもしれない」
 新しく入る子供に興味津々な様子で元からいた子供達は見ているが、さすがに不安げな
表情を崩さない子供達に総大司教がしゃがんで目線を合わせた。
「こんにちは」
 人見知りが強いのか、ルランの後ろに回ってきゅっとそのズボンの裾を掴んで総大司教
をみた。
「こんにちわ」
 か細い声に総大司教はそっと頭を撫でて微笑んだ。
「大丈夫だよ、ここは危なくないよ」
「うん」
 不安げな幼子に総大司教は溜め息をついてそっと抱き上げた。驚いてわたわたと手足を
ばたつかせる姿は小動物のようだった。
「おし、んじゃ、外で遊ぶか」
 抱き上げたまま周りにいる子供達に呼びかけて外に出すと孤児院の子供達が続く。子供
達は今日初めて会ったばかりの子供も誘い自然に全員の子供が総大司教について言って外
に出ることになった。
「懐かれてんだな」
「よく来られますから」
 その中にポツリと残った四人は遊び始めた子供達と総大司教という肩書きを持つただの
親父を見てぽかんとしていた。
「総大司教様も子供好きなんでしょうね。あの方が総大司教に上がったときに作ったのが
この孤児院で、自分が出来る事はしたい、特に、子供を助けたいって言っていました」
 いつくしむような笑みを浮かべながら外を見て笑って子供とじゃれているロホと子供達
を見つめていた。その表情にルランは驚きながら一緒になって外を見つめた。
「子供ね。どっちが子供かわからないな」
「もしかしたら、ルランさんより、あの方の方が子供っぽいかもしれませんね」
「どういう意味だよ」
「ませたガキだって言いたいんだろ? リリアちゃん」
 茶化してきたヴィラに問答無用の一撃を食らわせてリリアの言葉を待った。リリアは困
ったように笑いながら沈んだヴィラをちらりと見て目を伏せた。
「悪い言葉を使うならば、ヴィラさんの言うとおりです。ルランさんは、とても、大人び
ていますね。旅で、そうならざる得なかったのはわかるとはいえませんが、頷けます。で
すが、子供のように無邪気にいることも、たまにはいいのではないですか?」
 真剣な表情にルランは返す言葉もなくそっぽを向いていた。その表情にまたヴィラが茶
化し沈められるという繰り返しを生んでいたが、その最中で、誰も気づかなかった。アラ
ンが微かに眉を寄せてうっすらと痛みにこらえるような表情をしていたことに。
「それに、ヴィラさん? 貴方にちゃん付けされるほど私も小さくないんです」
「え、どういうこと?」
 さすがに固まった男二人にアランがリリアの上から下までを見て頷いた。
「年増」
 その言葉にリリアがピクリと身を振るわせた。アランがにやりと笑みを浮かべた。
「何かおかしいと思ったんだ。そういうことだったのか」
「ええ。そうよ。なにか?」
「いや、意外にショ」
 言い終わる前にリリアの足払いが決まっていた。すてんと腰から転んだアランに男二匹
はポカンとその豹変振りを見届けていた。一聖職者と、一騎士。国王の護衛もこなす騎士
が聖職者に足払いで転ぶとはとポカンとしているとアランの顔が怒りに変わっていくのを
見た。このままではやばいなと思ってルランは傍観者としてみている事にしたが、ヴィラ
は顔を引きつらせたまま仲裁に入ろうとした。
「まあまあ、お二人とも」
「いいサンドバックがあるからなー」
 と、さりげなくヴィラを二人の間において総大司教のところに逃げたルランは二人の予
想通りサンドバックになっているヴィラに心の中で謝った。
「御主も悪よのう」
「何ですかそれ?」
 定形となっているその言葉に首を傾げると後ろから子供の襲撃があった。思いっきりこ
けて手をつくとけらけらと笑っている子供が目に入った。
「こんの」
 負けじと子供を追いかけている辺りから同類なのだが、それに気づいているのだろうか。
知らずに子供達とルランとで鬼ごっこが始まっていた。
「さすが子供だなあ」
 ここまで自然に入り込めないなと内心思いながら屈託ない子供の表情をしているルラン
に目を細めた。



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