それを見ない振りをしたアランはまだ呆けているヴィラの頭を叩いてから子供達の頭を
撫でた。子供はアランを見上げ、アランは子供達に目線を合わせるようにしゃがんだ。
「何が?」
「あの子はね、夜に襲ってくる化け物の一人だったの。……そうね、悪いやつだったのよ」
「おっ母とか殺したやつの仲間だったの?」
「そんなわけないよ。だって、メイ」
 口げんかになりそうな雰囲気に眉を下げるとそっと口を開いて溜め息をついた。
「でも、君達を守ってくれていたお兄ちゃんに襲い掛かったのは本当でしょう?」
 その言葉に子供達は黙り、泣き出しそうな表情でアランを見上げた。アランはその子供
達を抱きしめて目を閉じた。
「泣きなさい」
 慈愛に満ちたその声音に子供達はわっと泣き出した。それをあやし続け子供達が泣き止
み、泣き疲れ静かになった頃、ヴィラの深い溜め息が聞こえた。
「なあ」
 低く沈んだ声。その声で、戦場に上がるのは今日で初めてだったのかと判断した。まさ
にそうだった。
「なんだ?」
 眠ってしまった子供を椅子の上に寝かせてヴィラの隣に座った。首を傾げて顔を覗き込
むとかなり暗い表情をしている。
「あんなことしなくちゃいけないのか?」
 その問に深く溜め息をついてヴィラをにらんだ。ヴィラは目線をさげているからみえな
いだろうが、アランの表情はルランと同じく厳しかった。
「ああそうだ、あんな事、普通にありうることだ。……少なくても可能性として考慮して
おかなければならない事だな。狩りの仕事ならなおさら、あたしが請け負った物の中じゃ、
神父がヴァンパイアだったってこともあった。教会を宿舎として使っていたから、さすが
に、そのときは仲間二人死んじまったけど」
 肩をすくめて言うと溜め息をついた。ルランが聞かないほうが無難だと言っていた事が
ヴィラには見えていたらしいとやっと気づいてまた溜め息をついた。
「透視できるのか」
「……ああ。昔から、その手の感覚に優れていたり、神聖魔法が使えたりして、ね。目を
閉じても、見えるんだ。魔力がどういうふうに動いているかとか、どう動いて……」
「それ以上は言わなくていい。だが、覚えていくといい。ここに来るのであれば、幼子の
形をした物や自分と同じぐらいの物をこの大地から解き放たなければならないときがある。
……決して、自分が倒すべきものに、感情移入しないことだ」
 その言葉に聞き覚えがあった。少し思い出すと、今日の朝、稽古が終わった後、リュイ
から言われた事と同じだった。
「ヴァンパイアは人の形をしている。まだ、グールなどの死霊のほうが殺りやすかっただ
ろう。人の形をしていない死霊を滅しやすいのは人ではないと頭が認識するからだ。人の
形をしているものを倒すのは、それなりに慣れが必要だし、覚悟も必要だ。戦も、狩りも
同じだ。化け物も人も同じものだよ」
 その言葉に重さが感じられた。ヴィラが見るとアランは目を伏せて顔を背けていた。戦
人だからこそいえる言葉なのか、それ以外の理由があったのことか、それは、ヴィラには
わからなかった。ただ、その表情が、どこか悲しげだった。なぜか、リュイと重なった。
「簡単な思いでここに来たのならば、もう一度修行しなおして来い。まあ、最初のうちか
らできるやつなどそれこそただの化け物だから、慣れも必要だ。戦えるようになったら、
共に戦おう」
 はっと顔を上げるとアランの顔には微かな笑みが浮かべられていた。戦乙女とはこのこ
とを言うのだろうかと場違いにも思ったがヴィラはその笑みを見て頷いていた。
 差し出された手を握って立ち上がると栗毛の馬が満足そうな鼻息をこぼして黒毛の馬は
興味なさそうにあさっての方向を見ていた。と、ちょうどよくルランが来た。両手に木の
バケツを持って馬の目の前に置いた。水らしい。
「井戸から汲み上げてきた。……ましな顔になったな。ちびは寝てるか?」
「ああ。結構ショック受けていた。だが、こいつらどうする気だ?」
「ああ、それは総大司教の指示仰いだら連れてこいだと。馬にそり引かせていくから今か
ら調達してくる」
「わかった」
 頷いてアランは水を飲んでいる馬の首筋を叩いてルランの背を見送った。程なくして子
供五人は入れるそりを見つけてきて馬の鞍につけて即席馬ぞりを作ったルランはもしもの
ことがないように外で見張っていた。寒空の下、教会の屋根の上に行って十字架にもたれ
かかっていつの間にか寝てしまっていた。



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