そして、馬を走らせて少したった頃、村に入れた。黄昏の光がルランたちの背を照らし
長い影を作る。村の大通りには人一人の気配もなくただ、静まり返っていた。
「外出を控えているのか。聡明だな」
 辺りにただよく邪気が村の現状を物語っていた。濃く漂い尾を引くような粘着質な気配
は辺りの影を際立たせている。
「すさまじいな。多数か?」
「おそらくな。五匹以上のだろうな。ネクロマンサーがいてもおかしくない。出没して一
週間がたつというが、ここまで色濃くみ……」
 ルランの言葉をさえぎったのはまっすぐな街道のずっと先、百ヤードほど離れたところ
を横切った蝙蝠だった。
「……」
「どうした?」
「…………」
 脳裏に嫌な想像が駆け巡る。後手に回ったらしい。ふっと人の気配が後ろでした。馬か
ら下りて家の扉を開けると石が飛んで来た。それを素手で掴んで中に入ると子供達が怯え
た目で互いに抱き合いながらルランを見ていた。
「おい」
 中に入っていったルランにアランは呼び止めたが無視して中に入り子供達の前にしゃが
んで簡単な魔法で火をつけて子供達を見た。
「君達は?」
「お兄ちゃん、だれ?」
 怯えきったかすれた声で、一番年長者らしい一番前にいる幼子がルランを見上げていっ
た。ルランはふっと笑って子供の数を数えた。
「大丈夫。化け物退治に来た教会の者だ。君が、全員守っていたのか?」
「セルナもルイアも死んじゃった」
「そうか。大丈夫だよ、もう」
 しゃくりあげだした幼子の肩を叩いて溜め息をついた。部屋を覗き込もうとしているア
ランと目が合った。頷いて子供を外に出してルランの馬に乗せると馬が文句言いたげに鼻
息をこぼした。
「どうした?」
 鼻に手を当てて何も言わないルランにアランは首を傾げた。子供達の中から腐臭がした
ような気がした。ここまで充満しているのだから気のせいかもしれないと一蹴して辺りに
目を向けた。
「五匹どころじゃなさそうだな。ヴィラ、お前にはまだ重い」
 ちらりとヴィラを見て緊迫した表情を崩さずにアランを見た。不思議そうにしていたが
ある一点を向いて血相を変えた。
「……」
 アランも言われてわかったようだ。一つ頷くと静かに馬を歩ませた。静寂が三人を支配
する。子供達は怯えきった顔で辺りを見回している。
「どういうことだよ?」
「最悪の事態……、つまり、村人全員、ヴァンパイアになっているかもしれない。さすが
に五匹じゃなく、十数匹、もしくは数十匹いるかもしれないとすれば……」
 声を潜めて子供達に聞こえないように説明してようやくわかったようだ。潜めた声の中
にあるやば気な雰囲気を感じたのかもしれない。さあとヴィラの顔色がうせた。
「一人では帰れないな。俺一人でって訳にも行かないか」
「仕方ない、私一人で」
「いや、ヴィラの護衛、してくれ。俺が前衛でやる」
「しかし」
「死にやしねえよ。雑魚束になってたら魔術でどうにかする」
 ちょうど、教会の脇を通った。そこで一度馬を止めて足でその扉を開けた。
「中に馬しまって置けるかなあ」
 馬の前に立ってルランは広さを確かめて子供達を下ろし、黒毛の馬を引き入れた。アラ
ンもそれに続く。見たところ田舎の教会にしてはかなり広い。祭壇へ続く道は馬二匹を並
べられるぐらい広かった。
「いけそうだな」
「ああ」
 馬を室内につないで同時にヴィラを見た。もしやと思ったらアランとルランは同時に口
を開いた。
「お前はここで待っていろ」
 低い声と女の声が面白いほどよく響いた。驚いたようにアランとルランは見つめたが鼻
を鳴らしてふたりしてそっぽを向いた。戸口に近いほうのアランが空を見る。子供達はぱ
ちくりと無言で三人を見ている。
「しばらくここで待機だな。しばらくすれば日が暮れる。日暮れで外に出るぞ」
「ああ」
 頷く二人を見てヴィラは自分とは違うとふと思った。顔を寄せてきた馬のたてがみを撫
で、ふと子供と目が合った。表情を和ませて溜め息をつくと子供達のところにいって頭を
撫でた。
「誰かが来ても返事をするなよ。したら、俺がお前を葬ってやっから」
「ごめんだ」
 あまりにも色を失っている子供が哀れで少し相手をしながら返してルランを見ると完全
な真顔で腰に差した銃を撫でていた。ヴィラを見ずに教会の高い天井に目を向けている。
「まあ、入ってきたら、結界張れ。お前は、神聖魔法使えるから結界も神聖な魔力だと思
うからな」
「なんだそれ」
「まあ、物理的な攻撃は防げる。魔術的なものは精神力による。まあ、結界ぐらいは張っ
てやっから居留守使えよ」
「ああ」
 頷いて馬と留守番を言う自分の今の役目を嘆いた。と、話しているうちに日が暮れたら
しい。アランの顔が一気に引き締まった。
「危ないと思ったら、十字架投げつけて逃げるんだ。……あそこの十字架の後ろに」
「あそこなら?」
「ああ。追いかける途中にどうしても十字架が目に入るからな。それでどうにかひるむ。
さすがにそこまでしたら俺もわかるだろうから後は助けを待ってろ。少々罰当たりかもし
れないが十字架の上に乗るのもありだろうな。喰われないように気をつけろよ」
「了解」
 ヴィラの口調に頷いてルランはアランに目で合図して外に出た。何も言わずに精霊にこ
の教会を見張らせて一番邪気が濃いところへ走った。もう何匹か動き始めているらしい。
使い魔を放ち殲滅させると一番の広間というべき庄屋の庭で黒い塊がうごめいていた。
「何だこの邪気」
 アランもわかるらしい。眉を寄せて顔を引きつらせている。ルランはその真ん中に水の
弾を魔術で投げ入れると一気によけて散らばった。
「ヴァンパイア決定。殺るぞ」
 左手で短剣を抜き放ち順手で構えるとその中に入っていった。アランも腰の剣を取り続
く。


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