どれぐらい経ったのか、ルランとヴィラは軽装だが旅路を整えているとアランが部屋を
訪ねてきた。長い髪をひとまとめにして腰には剣を佩いている。さらしを巻いて男のよう
に体の線が目立たないシャツを纏いズボンをはいているが、彼女曰く動きやすい格好とい
ったらこの格好だという事できたらしい。あくまでも仕事。下には革のよろいを着込んで
いるらしい。
 ルランは神官服のままで旅に出ていたときと同じように外套をまとい腰袋をつけていた。
鎧など着るほうが無駄だと言いたげな格好で出ようとしたルランにアランは不思議そうな
目でルランを見ていたが特に声をかけてくるわけでもなくそれを黙認していた。
「で、お前はどんな武器使うんだよ」
 そういえばと言いたげな口調にむっとしながらヴィラは背負っている棒をさした。
「フレイルとかいうやつ」
「ああ、棒か。聖別はしてるだろうな?」
「当たり前だ」
 むっとしているヴィラに溜め息をついて半歩先を歩く護衛らしい女の背に目を移した。
女には隙がない。だが、ルランの勘に何か引っかかるものがあった。ふっと腰の剣に目が
言ったとき、その引っかかりはある確信した仮定と共に解けた。
「なるほど」
 そう呟いたのは隣にいたヴィラさえ聞き漏らしていた。
「依頼の町はどこなんだ?」
 ヴィラが聞くとアランには伝わっているらしい、確かに、この聖堂のあるウェルダから
五時間近くかかる小さな村だった。
「走って三時間ほどだな。ちんたら歩くより馬借りて走ったほうが速いんじゃないか?」
「それもそうだな」
 住んでいた村を出たことのないヴィラは目を丸くしてルランとアランの会話を聞いてい
た。何を話しているのかがわからない。
「じゃあ、そうするか」
 完全な男口調でアランが仕切ると使い魔を飛ばして近くにある軍の駐屯地から馬を二頭
借りた。
「何で二頭なんだ?」
 黒毛と栗毛の二頭の馬を見てルランが首を傾げた。アランが言うには使える馬がこの二
頭しかなかったらしい。後は乗りつぶして休ませているという事だ。
「まあ、また国境近くで戦が会ったもんな。仕方ない」
「またあったのか?」
 旅をしていたからか、そう言う国の情勢についての情報には詳しく呆れているルランに
完全な田舎者のヴィラが首を傾げた。
「で、馬に乗れないのはいるのか?」
 そういうふうに聞いてきたアランに首を傾げているヴィラを指差した。ここまで田舎者
だったら乗れないだろうという推測だったが当たっていたらしい。
 びっと自分で自分をさしているヴィラにアランが溜め息をついて栗毛の馬に乗ってヴィ
ラと相乗りする事になった。ルランも背は小さいものの脚力などでそれをカバーしつつ馬
にやっとこさ乗り一気に走らせた。その後にアランが続く。
 最悪、ルランが馬について走る覚悟だったのだが、そうしなくてよかったと内心思って
馬を駈っていた。
 ダンピールには人以上の身体能力がある。腕力、脚力、握力、持久力までもが人並み以
上だ。それゆえにダンピールはヴァンパイアに対抗しうる力を持つといわれている。
 そして、人と魔の力が合わさった力を持ち、それを使い死霊を葬るのだ。無論、人を葬
る事もできる。それは武器を介してではなく、ただ、その魔力に触れるだけで殺せるとい
う。
 ふと手綱を持っている片手を放し片目に触れた。今、目にはその魔力を制御するための
聖別に似た儀式を施したであろう道具がはまっている。赤い目を黒い目に見えさせるため
のものなのだが、それのおかげで聖堂で孤立しなくてすんでいる。
 そして、聖堂に入って初日に言われた事、フェアルの予言が頭によぎった。

 ――強き力は身を滅ぼす。人として生まれながら妖魔の血を強く引き継ぎ、その力は今
封印されている。他の者にも危害をくわえし、魔の力。封印の鍵は汝が想い。正しい思い
ならば危害は加えん。

「これでまだ力が封印されているだと?」
 今の力でも強すぎる。そう口の中でいってその封印とやらが外れたときの自分の力を想
像して身震いした。
「ただの化け物じゃねえかよ」
 今でさえ、蝙蝠や狼に変化する事、つまり、並みのヴァンパイアほどのことはできる。
それ以上の力があるというのだ。そこら辺で生まれてきている倒すべきものより、それと
同等の力が強いというのは、その倒すべきものと同じモノだということではないのかと馬
の手綱を握り締めながら思った。冷たい風がルランの髪をなぶる。風と同体になったよう
な気がする。
 風が野を渡り、草をわたり辺りに吹き荒れる。その風を裂いて二頭の馬が疾駆する。一
人の少年が先導し、赤髪の女とその後ろにすがっている男がそれに続く。女の髪が風に翻
る。
「馬がつぶれる、休むぞ」
 アランの声に従い徐々に並足で歩かせて近くを流れていた川までアランたちを誘導して
やって馬を下りてその川の水で顔を洗った。川幅はそう広くなく対岸にある枝の長い植物
の先に手が届きそうだった。川の水は冷たく馬に乗って汗を掻いていた額から汗を奪い冷
たさを感じさせる。持っていた手ぬぐいで顔をふいて自分を乗せてくれていた黒毛の馬の
首筋を撫でてやった。
「よく水があるってわかったな」
 水を飲んでいるヴィラの問に肩をすくめてすっと手を滑らせた。
「風と水の精霊が教えてくれた」
 シルフとウンディーネが二人を見て一礼した。神聖魔法、暗黒魔法以外は魔術を使える
ようになっている。教えてもらったのではなく精霊に導かれたという表現が正しいだろう。
簡単な癒しの魔術も使えるが神聖魔法ほどではない。
「へえ、珍しいな。精霊使いか」
「まあな、道中には結構必要だった。天気を教えてくれることもあるからな。こういうと
ころも教えてくれたり、いろいろね」
 基、川底に合ったあの召喚石を教えてとってくれたのもこの精霊たちだった。ルランに
とっての話相手はこの精霊たちだった。
 肩をすくめて馬の首筋を撫でて目を伏せると溜め息をついた。日が暮れかけている。
「早いな」
「馬がつぶれるほど走っていたんだ。当たり前だ」
 確かにそう簡単には馬はつぶれないだろう。という事は近いのかと辺りをつけて見回す
と見覚えのある風景だった。
『ルラン?』
 精霊が話しかけてくる。川底を見てみるときらりと光るものがあった。言葉には出さず
に精霊に話しかけるとふっと笑われた。
『そうよ、ここで拾ったのよ?』
 そう優しげにいうと精霊が川底に合った魔石をみて、川の流れてくる方向を見遣った。
『ここの上流はエルフの村につながっているの。だから、ここの川にはたまにこういうも
のが落ちていたり、魚などの生き物も豊富なの。それに、この水自体に魔力が付与されて
いる形になっているからこの子達みたいにすぐに疲労回復できるの』
 指された馬を見るときょとんとこちらを見ていた。へえとうなずくと馬の首筋を叩いて
ひらりとまた跨った。
「もう行くのか?」
「馬も回復したようだし、急ぐに越した事はないだろう。ここ最近活動が活発になってい
る傾向がある」
 事実だ。夜更けに活動するはずのヴァンパイアなどが、夕暮れ時から活動していること
がある。今回もそのケースじゃないとはいえない。
 そう口の中で呟いて日を見て目を細めた。もうすぐ沈むだろう。空も青からオレンジ色
に近づいている。
「それに早く帰れるだろう」
 そういうと二人の答えを待った。アランは頷いてヴィラも頷いた。アランが跨ってヴィ
ラもそれに続いた。そしてルランは二人を見てから馬を走らせた。



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