目を細めてそれを見るルランを見てリュイはふっと笑ってルランたちの手前で調理場に
近いほうの机に席を取って二人を座らせた。
「新しい、仲間が入るとね、ここは酒も何も飲んでいいんだ。その一夜だけだけど。だか
ら、ドンチャン騒ぎになる。今宵は楽しんでくれ」
 そういうとリュイはどこかに消えた。取り残されたという感じのルランとヴィラは二人
して目を丸くして顔を見合わせて同時に噴き出した。
「間抜け面」
「お前もだよ。でも、すごいもんだな」
「まあな。初めてだ、こんな大きい食堂」
「おれは食糧なんだがな」
 二人して、同じ事のような違う事のような言葉を交わして目を泳がしていた。
「お、コレが、新入りか? ずいぶんと子供を拾ったもんだ」
 目の前にもう酒によっているらしい聖職者というよりは大工をやっているような、熊の
ような男が来た。拳を握ったルランにあせってヴィラが愛想笑いを浮かべて拳を動かさな
いように抑えながら冷や汗をかいた。
「すいません。こいつ、かなり背のこと気にしてるみたいで」
「はははは、そうか。ちゃんとくってちゃんと寝ろよ。んじゃなきゃ、俺みたいに大きく
なれないぞ〜」
 完全に子ども扱いだ。まあ、十五じゃまだ子どもだもんなと妙に達観したような感じで
思ってルランをみた。どこからか酒の入った素焼きの瓶を持ってきて、摘んで持てるぐら
いの小さなコップに入れてぐいっと煽っていた。
「おまえ、酒飲めるのか?」
「一人でいつも飲んでる」
「へえ」
 この悪習はほかならぬレオから教わったものだった。さっき言っていた口説き方から酒
の飲み方、人を追っ払う方法、酔っ払いに絡まれない方法など旅には必要な事をいろいろ
教えてもらっていた。
「この中じゃ小さい言われるだろうな」
「うるせーな」
 辺りを見回して大体背が高い人影が多いなとそういうとルランが一気に酒を煽ってそっ
ぽを向いた。そうすねるところも子どもだ。なんとなく兄貴のような気持ちになってヴィ
ラは笑った。
「とりあえず、なんか食いもんもらってこようぜ」
「……そうだな」
 立ち上がった二人を誰かが押さえつけた。リュイが後ろにいたらしい。レオがその後ろ
におとなしくトレーを二つもっていた。さりげなくその目の辺りに大きな青あざが浮かん
でいる事は突っ込んではならないだろう。場違いだが、この時、リュイは、本当に怒らせ
てはならない人という事を、二人は悟ったのである。
「君達の分。お酒とか飲みたかったらあっちにあるから。そうそう、もう一人のダンピー
ルかこの人」
 レオの後ろにいた、栗毛の髪の長い白くて細い女だった。たとえるのならば百合の花。
きれいな女だ。
「こんばんは」
 笑うとえくぼが出る女はミナというそうだ。美人というよりは綺麗という言葉が似合う
女だ。
「この聖堂にいる狩人は僕達三人。普通は一人ずつ働いてんだけど、規模が大きい場合は
三人で出て行くこともある。まあ、戦闘はレオと僕で、彼女は主に治癒をまかされている
んだ」
「ええ。リュイから話は聞いているわ。とりあえず、ルランくんはこの馬鹿の弟子だった
のよね」
「まあ、そういうことになりますね」
 なんとなく、敬語になってしまった。それを見てクスと笑ったヴィラの足をそ知らぬふ
りをしながら思い切り踏んづけて頬をかいた。
「そう、同情するわ。何せ、いらないことまでたくさん覚えさせられたでしょう?」
「その通りです。まだ、十二歳の子どもに女の口説き方を……」
 その言葉をそうねと受け流しているミナにレオは真っ青になった。
「ざまあみろ。子どもは口が軽いんだよ」
 そう隣でリュイがレオに囁いたのをレオ以外誰も聞いてなかった。蒼くなったレオはど
う逃げようかとミナの顔色を伺って人ごみが途切れそうな場所に目を向けた。
「そう、大変だったわね。それで、コレと分かれてからは一人で?」
「はい。三年だけですけど、一人でやってました」
「三年も。じゃ、これからの三年で身長とか、挽回しなきゃね」
「…………はい」
 完全子ども扱いを受けてると感じながら頷いてトレーの上に乗せられた皿に取られた食
事に目を丸くした。
「旅の途中じゃこんなもん食べらんないもんな。俺も始めてみたときはびっくりしたっけ」
 レオが心中を察してか肩をすくめながら言って食い放題だ、好きなだけ食えと二人に言
い残してどこかに消えた。言わずともルランとリュイとミナはわかっている。酒だ。
「ほんと生臭いんだな」
「うん。まあ、ね」
 苦笑しているリュイを見てから、早速とパンに手をつけて、ルランはものすごい勢いで
食べ始めた。そして、レオが酒を持って来るまでに全部食べ終わってしまったルランは酒
瓶を四つ抱えてきたレオに呆れた目をした。
「お前、早食いすると太るぞ」
 ヴィラはその速さに呆れた目を向けてパンをちぎって口の中に放り込んだ。最低限のマ
ナーは心得ているようだ。
「別に」
 子供のようにぷいと顔を背けて、おかわりというようにレオに皿を差し出した。当然の
ような仕草に周りはぱちくりとしている。
「自分でとりにいけっつーの」
 そういいつつレオは三本の瓶を机の上において、一瓶抱えて酒を煽りながら皿を持って
いって二杯目を持ってきた。おとなしく取りにいったレオにリュイが目を丸くさせている。
「珍しいね。お前が、取りに行くの」
「うるせーな」
「弟子だから?」
「ちげーよ」
 コップに入れないで直接酒を煽りつつ先ほどのルランのように顔を背けて肩をすくめた。
なんだかんだ言ってもルランと似ているところがある。
「たかが十五のガキがさ。こんな一般食にがっついて食ってんのみたらな」
「お前の狭い心でも許容できたんだな。まあ、仕方ないけど。さすがに、そこまでの扱い
は受けなかったな」
「ああ。……あの村、なんかおかしかったからな」
「滑稽で?」
 おそらく違うなと思いながらリュイは楽しそうな顔を作って辺りを見回した。もう、宴
会ムードだ。
「いいや。違う。いやな臭いがしたんだ。おそらくは、魔物」
「魔物? 教会はあるんだろ?」
「ああ。あるはずなんだが、雰囲気もずいぶんちがかった。まあ、機会があれば、訪れた
いと思ったが、あるかどうか」
「お前がそんなに言うってことは相当なんだな。まあ、機会があればというのは本当だな。
それほど暇じゃないし」
「ああ」
 おおよそ宴会にはふさわしくない会話をしつつも二人とも楽しそうな顔を崩さなかった。
「なに会話の内容と違う表情してんのよ。気色悪い」
「気色悪いって何だよ」
「まんまよ。ほら、酌んできて」
 酔っているのかミナが尊大に笑いながら空になった容器をレオに突き出した。
「行ってらっしゃい、パシリ」
 と、リュイもレオにいつの間にか空になっていた容器を渡してにっこりと笑った。違う
種類の笑みだが、旗から見ればミナに恐怖を感じるだろう。だが、経験上、レオは、リュ
イの機嫌を優先させて自分の容器を置いてリュイのをとってからミナのをとって、注いで
来てやった。
「ほう、コレが新入りか」
 そしてしばらくして、また、誰かが来た。もぐもぐと口を動かしながら上目遣いで見る
と、長い銀髪をそのまま流している、学者にも見えなくもない眼鏡をかけた神経質そうな
男が二人を見ていた。
「ああ、フェアル、帰っていたのか」
「ああ。ちょうど、今帰ってきたばかりだ。……ふーん。ダンピールなのか」
 呟かれた言葉にぴくりと手を止めた。リュイがルランの肩に手を置いて支えるように少
し手を握る。
「……強い力を持っているな。ダンピールの中ではかなりの力を持っている。……多分、
そこのでかいの三人より、ね。成長すれば、三人でも太刀打ちができないぐらいだろう。
狩人になるのか?」
 居心地が悪いヴィラは辺りを見回してレオと目が合った。レオがすっと耳を寄せて来る
のを見て少し顔を傾けた。
「あの人は?」
「予言の力が高い。とだけ言うな。後でだ」
「わかった」
 頷いて、二人のやり取りを眺める事にした。ルランは口に入れていたものを飲み込んで
から、男を、フェアルを見据えた。
「そうだ、といったら何なんだ」
「そうか。どこかに魔力制御をつけてるな。悪いが少し……」
 何かに発展しそうなぴりぴりした空気にリュイが深く溜め息をついて二人の間に手を持
っていった。
「この続きは後にしたらどうだ? 今は、飯の時間だ」
 フェアルがリュイをにらんだが、二人の間に目で会話をした雰囲気が漂った。やがてフ
ェアルはふうと溜め息をついてそうだなと席から離れ人の波に消えていった。
「まったく、酒の味がわからないやつのいうことはだな」
「ああ」
 レオに話しかけられてリュイは肩をすくめて深く溜め息をついた。ルランが虚空を睨み
ながらいるのを見てリュイは肩に手を置いた。
「気にするな。あれは下戸な預言者の類だから、口が回るんだよ。まあ、初対面でああい
うってことは、あとで、きちんとした予言をもらったほうがいい。僕らもあれの予言でか
なり助けられたりするから、ね」
「…………わかった」
 そう口にはしたが、ルランの表情は浮かなかった。


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