どうしたものかと大人な三人は顔を見合わせていたが、ヴィラが思い切りくしゃみをし
て、あたりにパンの屑などが飛び散った。隣にいたルランにもその被害があってルランは
ヴィラを思い切り殴った。その暴挙に三人はきょとんとして見ていることにした。
「きったねーだろ、この馬鹿野郎」
「悪い悪い、両手開いてなくて」
「下見てやれ、馬鹿っ」
 両手を食器で塞がれているところを見せてえへへと笑った。それを見て呆れたように額
を押さえているルランにリュイはひそかに安堵の息をついて酒を煽った。
 レオのことを生臭呼ばわりしていたが、彼よりもはるかに強いのがリュイだった。さす
がにレオも人よりも酒には強いが、リュイの強さはそれこそ化け物、とレオが言って半殺
しにされ、その言葉に否定は出来ないなとミナも加わってきて、大乱闘になったのは記憶
に新しい。それはそれで楽しいのだ。彼らが今まで歩いてきた孤独のなかでは。

ルランにとって、ここがそんな場所になればいいと、リュイはひそかに思っている。
「甘いものは大丈夫?」
「少しなら」
「全くー」
 控えめな答えで返してきたルランとヴィラの遠慮なしの声に苦笑をこぼしながらも、ミ
ナもひそかに安堵の溜め息をついていた。取りに行こうとしてリュイに少し肩をぶつけて
目を合わせて一緒に連れてきた。子供の相手ならば好きなやつにやらせておけばいい。何
を吹き込むかわからないがそれなりにレオは子供好きなのだ。
「おまえら、本当に昨日今日で会ったんだよな?」
「え?」
 まだくしゃみについて言い争っていた二人を見て笑いをこぼしながらレオはたずねた。
初対面でこれほど打ち解けられるのはあまりない。ましては、あまり人とかかわった事の
ないルランならなおさらだ。
「そうだよな?」
「聞くな、俺に」
 首を傾げたヴィラにルランはぷいとそっぽを向いた。それを見てレオは苦笑をこぼしな
がら不思議なやつだと内心思った。
「はい、デザート。今日は羽振りがいいよ。おばちゃん」
「そうに決まってるだろ、子供が入ってきたんだ。いつもの事だと思うが」
「そっか」
 かえってきたミナにレオは肩をすくめながらいってリュイの姿が見えないことに気づい
て顔を引きつらせた。
「もしかして?」
「そ、ジョッキ抱えて相手してるわ」
 強い麦酒を水のように飲んでいるリュイの姿が容易に想像できてレオは溜め息をついた。
人のことをいえた義理ではないが、少しは抑えて飲んだほうがいいと思った。いつか、肝
が壊れる。
「ありえないほど大酒飲みだもんな。あいつ」
「そうね」
 呆れて物も言えない二人だったが、この短時間におそらくジョッキ二杯は開けてきたの
だろうリュイが全くの平常どおりの顔色でこちらに向かってきたのをみて呻いた。少し離
れたところにはつぶれている五人の同僚がいる。普通ならばジョッキ一杯程でつぶれる、
少なくても酔いが回るがリュイはいつもどおりの顔色だ。本当に水のように飲み干したら
しい。
「化け物ね。ほんと」
「だから言ったろ?」
「うん」
 呆れている大人二人をきょとんとヴィラは見て首を傾げていた。しっかりとミナが持っ
てきてくれたケーキを口に含んで食べている。
「何話してんだ?」
「さあ、リュイだっけか、かなりの大酒飲みらしいな」
 酒のにおいがすると言いつつブランデー入りのゼリーを食べて辺りを見回して観察して
いた。
「にしても、結構いるもんだな」
 この食堂も狭くはないのだろうが、今は、人に溢れ返り机と机の間を行き来するのも大
変なぐらいだった。ちらちらと町外れでの狩りを手伝ったときにいた顔ぶれが見えた。
「すごいというか、なんというか」
 一人呟いて、皿に盛られた物を全て食べてから立ち上がった。不思議そうにヴィラがル
ランを見る。座っているにもかかわらず少し上目遣いでルランの顔を見ることが出来る。
ちっちゃいなあと声に出さないで思いつつ首を傾げた。
「どこ行くんだ?」
「便所。どこにあるんだ?」
 リュイに目配せして頷くとリュイはルランをつれて食堂の外に出た。
「いい年して連れショ……」
 言おうとしたレオはミナに叩きのめされ周りの失笑を買っていた。ヴィラはルランとリ
ュイの二人の間にどんな話を交わされたのかが気になった。
「ま、新入りは今日だけのんびりできる。明日からは激務だぞ」
 近くにいた聖職者然とした優しそうな老人が枯れ木のような手で胸にある十字架に触れ
てヴィラに話しかけた。ヴィラは頬をかきながら、スプーンでデザートを口に運びながら、
はあとあいまいに頷いていた。

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