そして、日が暮れはじめたとき、またリュイが部屋にやってきた。人の気配に気づいて
ルランはおきだして大あくびをしながら扉を開くと驚いたリュイが扉を隔てて向こうにい
た。
「気づいたのかい?」
「ああ。で、さっきの話の続きだろ。あのエロ爺のせいで大きく外れた話の」
「うんそうそう、入れてくれる?」
 頷いて、リュイを夕日が差し組みオレンジ色に染まる部屋の中に入れた。ヴィラは窓際
で自前の本を読んでいるところで読書を邪魔されて少し不機嫌なようだった。
 黄昏の光に照らされる最低限の調度品は古くから使っている愛着のある物のような雰囲
気を部屋の中に放っている。
「で、レオのせいで外れた話の続きだけど、この聖堂と、なんだかんだとか、教えるから、
覚えといてね」
 と、前置きされて告げられた聖堂での大きい規則や、聖職者についての心構えをわかり
やすくといたリュイに内心拍手しながらヴィラを見ていると意味がわかって聞いているら
しい。目を丸くしている。
「て、ことなんだけど、わかった?」
「要は、食い物についての制限はなくて、月一の聖餐には必ず出なければならない。先輩
後輩はなく、叙階の階位を基準としてみる。最低でも二日に一回は風呂に入って、毎朝祈
りをささげる事」
「そう。まだ、君達は下っ端だから、こき使われると思うけど、助祭に上がったら、多分
狩りの仕事が入ると思う」
「狩り?」
「そ、俺もそれでここにいさせてもらってるわけで、結構なスピード出世もできるよ。命
に直接触れることができるから、聖職者としての能力も格段に伸びるし」
 いいところを並べているが、実際今までとそう変わらないらしい。でも、金をもらえて
普通に生活できるところを提供してくれるだけいいかと納得して頷いた。
 空が、暗くなってきた。リュイは穏やかに微笑みながら、部屋についている蝋燭に火を
灯して机の上においた。オレンジ色のほのかな明かりが辺りを照らす。
「ちょ、俺はどうなの?」
 と、焦ったようなヴィラにリュイは少し考えて一般聖務だねと頷いた。少し考えればわ
かるだろうにと思いつつもルランは何も言わずにヴィラの顔を見た。
「何そりゃ」
 その言葉に首を傾げたヴィラにルランは呆れたようにヴィラの間抜け面を見た。
「そりゃ、普通に聖堂に篭って……て、やつじゃないのか? かったるそうだな」
「うん、ものすごく眠いよ」
 先輩がこれから入る後輩にそんなこと言っていいのかと思うほどきっぱりと言ってリュ
イはクスと笑った。
「まあ、僕達は、個人で狩りの仕事をしているけど、複数でやるのも有りかもね。それな
りの戦闘術も身につけなければならないんだけど、いいかな?」
「そっちが面白いって言うなら。……、いろんなところにいけるなら」
 ヴィラの言葉に首を傾げながら、ルランは、何故、こんなこと言うのだろうかと首をひ
ねって考えていた。
「ま、面白いけど、死ぬ確率もそれなりに高いと。それに、まだ、純人間の狩人はなかな
かいないからなあ。作ってみるのも面白いか。毎朝、夜明け前、僕のところにおいで。そ
れなりに訓練をつけてあげるから。そしたら、二人でコンビ組んで狩人になれるかもしれ
ない」
「んで、俺と一緒なんだよ」
「同期だから」
「同期だから、そうなのか?」
「まあね。そうそう、あと、言葉遣い、気をつけなさい。僕は別にタメ口でいいけど、良
くないって言う堅物さんもいるからね」
「わかった」
 言葉遣いに関しては普通に直さなければならないと考えていたところだった。話そうと
思えば話せるのだが、口が疲れる。
「可能性はあるね。てか、実の話、二人とも、狩人候補なんだよ。ルラン君は当たり前だ
けど、ヴィラ君に関しては、浄化の能力が高いから、墓場丸ごと浄化できればそれでよし
になると思うけどな」
「何だよそれ、元を叩けるってことか?」
「そうだね。そういうこと。聖職者でもないのに、神聖魔法使えた人は初めてでね。教団
としては、君に、信仰心というものを植え付ければ最高の人材になるだろうといっていた。
ま、君の好きだけど、それなりにまじめに取り組んでいったら、上のほうに抜擢されるか
もしれない。能力的には、司祭、高司祭の位置にあるからね、君の魔法は。たまに使って
たりしてたの?」
「いや、そんなに」
 急に口ごもったヴィラになんかあったんだなと悟ってリュイとルランは目配せをした。
そこら辺は触らないほうがいいだろうと二人で判断したのだ。
「ま、歓迎会みたいじゃないけど、紹介の儀があるから、そろそろ、食堂に行こうか」
「そんなのが?」
「ああ。ここはほかとは違うんだ。聖職者同士の結束が固い。まあ、みんな総大司教を敬
っているというかあこがれてるから、そういう感じの結束感があるんだ。ほら、いくよ」
 灯していた種火をもってリュイはルランとヴィラを続けて部屋から出た。
「あの石、君の?」
「川底に落ちてたの拾った。結構、品のいいものだろ」
「うったら高かったんだろうね」
「金欠になったら売る予定だったよ。こんなんになるなんて思わなかったからな」
 さすが、というべきか、さりげなくおいてあった聖石に気づいていたらしい。あの大き
さで純度ならば一生遊んで暮らせるような金が手に入った。何故、そうしなかったかとい
うと単純にもったいなかったのだ。あんなきれいな石を金に変えるのが。
「腕のいい武具屋を知っているが……?」
「暇があったら自分で作るからいい。あんなの、一本や二本作るのも同じだ」
「へえ。何でもできるんだ」
「何でもてわけじゃないが、戦闘に関しての事なら、武具を作る事から使う事まで仕込ま
れたからな」
「レオに?」
「いや、幼い頃に住んでいた村人にだ」
 歩きながら肩をすくめて答えるとリュイが目を丸くしている。ヴィラは話についてきて
ない様で窓の外から見える聖堂の中庭を見ていた。
「とんでもない弟子が要るって事はレオから聞いていたけど、そんな小さい頃から」
「あの村にとって、俺は、ただの災いをもたらす物だったんだよ。村においておく事はな
いと、他ならない聖職者が判断したらしいけど、村長の御慈悲で十までおかれたんだ。生
きていく術は教えるから全部終わったら、出て行ってくれってね」
 皮肉げに御慈悲といったが、その間にいろいろな事を教わった。でも、そのいろいろの
中に、人と交わる術はなかった。ただ、それだけのことである。
「そうか、……すまない」
「気にしないでくれ。それを知ってから腫れ物に触るような扱いは受けたくない。まあ、
今のはあまり話さないでもらいたいな」
「わかった」
 リュイは頷いて階段を下りて中庭に向かった。色とりどりの薔薇が美しく咲き誇る中庭
を通り食堂に向かうと、大きい長机が四列平行に並び、右側には調理場があり左側には半
円形のステージのようなものがあった。全て、白く、蝋燭のオレンジ色の光に照らされ暖
かな色に染まっていた。


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