とりあえず部屋に通され着替えさせられたルランたちはさりげなく相手の体を観察して
いた。
「お前さ、ちっちゃい癖して傷だらけだな」
「うるせーな。お前こそ、図体ばかりでかい癖してあんな小物一匹も倒せなかった馬鹿じ
ゃねえか」
 きちんと湯とタオルをもらって体を拭きつつ着替えているルランに対して着替えるとき
はそんなこと気にもせずにちゃちゃっと着替えているヴィラだ。真逆な二人である気がす
る。
「るせーな。腕一本切り落とせただけいいじゃねえかよ」
「腕一本なんてあいつらにとって俺達のかすり傷にもなんねえんだよ。必要なら再生させ
る事もできるし、逆にイレギュラーな再生をすることもあるんだ。無闇にきるな。……着
るなら首を落とせ」
「はーい」
 物騒な発言に気のいい返事をした着替え終わったヴィラは二つあるベッドの片方に座り
片手をあげた。
「もう一つ言うが、毎日風呂に入れ」
 ルランがいった言葉に小首を傾げるとルランはすねたようにそっぽを向いて舌打ちをし
た。
「え?」
「いくら魔力を封じたところで身体能力の特化については抑えてくれないらしい。嗅覚が
鋭いんだ。臭いものもこっちに持ってくるな」
 もって来たら殺すと銃を手にとって付け足したルランにヴィラの頭はひらめいた。
「……」
 無言で静かに、そして片手で銃を構えたルランにその閃きを口にせずに両手を挙げた。
上半身裸のルランは丁寧に体を拭いてから下に着るシャツと立ち襟の神官服を着込んで下
も同じようにした。
「足、酷い傷跡だな」
 ちょうどアキレス腱とふくらはぎの筋肉を断たれたのだろうかルランの右足の裏側に鋭
い傷跡があった。横から見てもわかるぐらいの深さだ。もしかしたら骨まで切れたのかも
しれない。
「内臓さえやってなければすぐに治る。まあ、この傷だけはな」
 一番初め、旅に出て初めて出くわしたやつを殺したときの傷だった。正直、あのときの
恐怖と痛みは忘れられない。
「……この傷だけは、な」
 もう一度繰り返して、ふと、一度、旅を共にしたあの男、師と呼ぶべき人に言われた言
葉を思い出したのだ。目を伏せたルランにヴィラは頭をかいてうつむいた。
「すまん」
「いや、気にするな」
 そういって肩をすくめると腰につけていた袋をいじって、一つの石をヴィラに渡した。
「何だコレ」
「ただの石じゃない。魔晶石の仲間で、聖職者に重宝されている聖石だ。ロホだっけ、総
大司教の耳についていたピアスもこの類だろう。コレを」
 二つに割って片方をルランがとり片腕を振った。青い光が部屋に満ち、そして収まった
とき、彼の手には剣が握られていた。
「すげえ」
 目を真ん丸くしているヴィラに肩をすくめて剣を元の石に戻して部屋に一つしか置いて
ない机に置いた。
「こんなふうに、邪の輩が来たとき、これを持ってるやつは戦うんだ。普段はアクセサリ
ーとして持ってるやつが多いらしいが」
「なんで?」
「なくすからに決まってんだろ? 必要なときに武器を召喚できる、召喚石と区別される
やつだが、もし、コレが知らずに尻のポケットに入っていたらどうなる? 剣が尻に刺さ
ってあの世行きていうのがしゃれにならないからだろう」
 肩をすくめていうルランにヴィラは嬉々として聞いた。図体の割には子供っぽいところ
がある。
「へえ。で、どうすんの?」
「とりあえず、その石はやる。後は好きにしな」
「なんだ、作ってもらえるかと思ったんだけど」
「作って欲しいならそういえ、自分のも作るから……」
「じゃ、ついでに作って」
 調子いいやつと内心思ってその石を取って机の引き出しに入れた。今の石のサイズは一
,二インチ、かなり大きいほうの石だ。拾ったというよりは川の底に合ったのを見つけて
とったという偶然にも近いことなのだが、こういうふうに使えるのはいいかもしれないと
思った。
 しばらく黙ったままでいて互いが口を開きかけたとき、扉をノックされて穏やかな男の
声が部屋に響いた。
「ルランさん、ヴィラさん、入ってもよろしいでしょうか」
 声に扉を開けると腰の辺りまで伸びている薄い金色の髪を一つに束ねた聖職者らしい穏
やかな笑みを浮かべた優男が入ってきた。ヴィラは先輩のお出ましかと真顔になっていた
が、ルランは無表情になっていた。
「はじめまして、君達の世話役を任されたリュイといいます。ルランさんは、わかりまし
たよね?」
「試すような口調はやめてくれ。わかって当然だ」
 試された事によほど腹を立てたらしいその柳眉が吊りあがっている。リュイはひょいと
肩をすくめて穏やかな笑みを消して人懐っこい笑みを浮かべた。話についていけてないヴ
ィラは首を傾げている。
「そう、僕も、ダンピールです。総大司教から、説明は受けてますよね。僕と、後五人、
この聖堂にはダンピールがいます。ルランさんと関わるのは僕と後二人ですね。一人は女
性で、もう一人は、口の悪いの眼鏡君ですから」
「誰が口の悪い眼鏡だ」
 いつの間にか、扉の枠に背を凭れかけて腕を組んでいる見かけはロホと同じぐらいの青
年が、レオがいた。何故だろうか、いつもはつけていない銀縁眼鏡をかけている。
 ルランの記憶にあるレオはルランと同じ黒髪だが、目の色は黒に近い茶色だった。いつ
もは白に近い色のはずだ。ルランの瞳の中にあるものと同じ役割かとルランは納得してそ
っぽを向いた。そして、昨日違和感は、この銀縁眼鏡と瞳の色のせいだとようやく気がつ
いた。
「まんまでしょ?」
「……」
 なんとも言えずに目を丸くしているヴィラと頭を抱えているルランがいた。ルランが呻
いているのは気のせいだろうか。
「また会ったなルラン」
「あったのは昨日じゃないですか」
 まるでぼけたんですかと言わんばかりの砕けた口調にリュイは目を丸くした。
「ありゃ、知り合い?」
「昔、旅の道連れにした事がある。戦闘術は仕込んであったから、それの応用を叩き込ん
だ弟分だ」
 実を言うとルランにとって、最も苦手とする、男だった。見た目はふつうの三十代前半
、ロホと同じぐらいだが、それはその身に流れる半分の血のせいか実年齢は外見の数倍、
否、数十倍の年になるのかもしれない。そのために、時々いらない知識を付けさせられた。
「?」
 頭の上にはてなマークを浮かべているヴィラにルランは肩をすくめた。同じようにレオ
も肩をすくめてあいまいな微笑を一瞬口に浮かべた。
「まあ、いいだろ。とりあえず、同族同士、仲良くしようや。そこのおちびさんもね」
「誰がちびか」
「はい、並んでみて」
 殴りかかろうとしたヴィラを押さえつけて、リュイはにっこりと笑ってレオの隣に並ば
せた。レオの片親がものすごくのっぽだったらしい。ヴィラが五フィート十インチに対し
て、レオは六フィート二インチ、センチに直せば百七十八センチと、百八十八センチ。つ
まり、十センチも違うことになる。
「あんたと並べば誰もちびだろうよ」
 五フィート三インチのルランは蚊帳の外だ。げんなりとして突っ込みリュイを見ると頬
をかいてそれを見ていた。リュイはレオと同じぐらいでちょうど軽く手を上げればルラン
の頭が在る。それに手を置いてリュイは笑った。
「まあ、まだ、成長過程ですから、どうなるでしょうね」
「言うな」
 ヴィラはぱっと顔を明るくしてルランが暗くなった。その様子を見てレオは面白そうに
喉で笑っている。
「まだ成長期じゃねえのか、お子様」
「うるさいっ」
 声変わりはしているが、まだ、伸びない。ひそかに悩んでいる事だった。母から、父は
背の高い男だったと聞いているが、母が小さかったような気がする。幼い頃の記憶でもそ
う感じていたのであれば小さかったのだろう。母に似ていたらと内心ひやひやしているの
だ。
「大丈夫ですよ、今は小さくても、そのうち大きくなりますよ」
「そのうちが何時だかわからないがな」
 慰めているのかおちょくって遊んでいるのかがわからない二人は、かなり気が合ってい
るようだった。どちらにせよ、ルランの気分を落とすのに一役買っている。
 どーんと落ちているルランの頭をわしわしと撫でながらリュイは楽しげにレオと何かを
言い合っている。
「お前、何歳なの?」
 至極当然の質問が出てきた。ヴィラは首を傾げている。ルランはそっぽを向いて口をへ
の字に曲げた。
「十五だよ」
「え?」
 ヴィラが固まった。ずっと旅にでていたといっていたから、実年齢より大人びて見えた
らしく、ヴィラの目には十七、八のさほど年の変わらない人だと見えた。
「お前は?」
「二十。もう大人」
「お? 好きな女と……」
 言い終わる前にリュイの容赦ない鉄拳がレオの横面に入っていた。ルランの頭にあった
手だ。ルランとヴィラ、二人はポカンとしながらそれを見ていると、軽く吹っ飛んだレオ
は、ぐふと奇妙に呻いて地面に伏した。
「ああ、すいません。つい、子供に悪い事を教えようとしている大人(老人)に手が出て
しまってましたね……」
 そんなこととをいいながらリュイは本当についやってしまったという申し訳なさそうに
穏やかな顔をしている。取り残されているお子様二人はぱちくりとしていた。そして、ル
ランがやっとレオが言おうとした言葉に見当をつけてリュイが何故そうしたのかを理解し
たのか、噴き出した。
「ったく、こいつは」
 呆れて顔を背けるルランにリュイがレオを一瞥してルランに首を傾げた。旅をしていた
のであればそのような話はあまり聞かないはずだ。もしやとレオの弟子だからという仮定
にリュイは顔を引きつらせた。
「貴方にもいらないこと教えてたんですか?」
「十二のときか、口説き方をレクチャーされた。他には……」
 と、いろいろ語り始めたルランに同情的な目を向けてリュイは、やがてにっこりと笑み
を浮かべレオの首根っこを掴んだ。
「そうですか。そんな悪い師匠を持って大変でしたね」
 じゃあ、後ほど、と言いながらリュイはレオを引きずって部屋を出た。その背に黒い物
が出ていたのは気のせいだろうか。それを見届けて二人は唖然としていた。
「何しに来たんだ?」
「さあ。レオがこなければ、聖堂の説明だのになってたんだろうな」
 はっきり言ってかったるいなと呟いてルランはベッドに横になった。
「もう寝る」
「はやっ」
「また夜な」
 そういうとルランはヴィラに背を向けて目を閉じた。風邪で倒れて三日も寝ていたのに
もかかわらず、まだ眠い。あくびをしてそう思ってヴィラが口を開く気配があった。
「寝る子は育つか?」
「しらねーよ」
 憮然と返したルランに、背に対してかなり気にしているんだなと思いつつもヴィラはコ
レでからかうのは面白いかもしれないと、ひそかに思っていた。


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