襟巻きに顔をうずめながらルランは街道を抜け、町のはずれにある丘の木に登って町を
一望できるところで一休みした。宿をとってもいいのだが、旅人の身。金の消費を極力押
さえたい。
 その丘は町から少し離れた所にあるのだが、人々の熱気はなく風が澄んでいる。良い精
霊が町を守っているのだろう。
 そんなことを思いつつも総大司教に言われた言葉を反芻していた。
 居場所の意味がわからなかった。生活する場所なのだろうか、人の輪のなかの事なのだ
ろうか。生活する場所は困っていない。旅をしてればいい。人の輪の中で居場所を作れな
いとおもった。この目がなくならない限り。
 空を見上げると木々の隙間から見える青い空が見えた。深く溜め息をつくと目を閉じた。
風の心地よさからだろうか、久しぶりの甘い眠気が襲ってきた。その闇に体を任せて何時
しか、ルランは眠ってしまっていた。その周りを守るかのように蒼い精霊がくるくると舞
っている。
 ふと、目が覚めた。木々の隙間から見える空はもう暗かった。そんなに眠ってしまった
のかと思いつつも起き上がって枝の上に座ってぼんやりとオレンジ色から闇に染まってい
く町を見つめていた。
「居場所は、どうでもいい」
 だが、半分の血は温もりを求めている。この五年間、ずっと。
 畏れてもいるのだ。いくら、いつもの事だといえども、拒まれるのは怖い。ずっと、拒
まれて、生まれてきただけなのに母も化け物扱いされて、それを見ているのが辛かった。
だから、旅にでた。旅にでれば自分さえいなくなれば母も幸せに生きられるとおもった。
だから、一人で。
 今では師匠と呼べる人と二年間一緒に旅をして、大人の構え方や言葉遣いなどの生きて
いくうえで必要な事や悪い事も全ておそわった。それで、後の三年間を生きてきた。
 あたりはもう真っ暗になった。どこからかぽうと光って何かが飛んでくるのを見て立ち
上がってそれを目で追った。どうやらこちらに来ているらしい。目を凝らしてみると、三
マイルほど離れた所に腐臭を撒き散らすグールの群れが町に向かってきていた。
「……」
 町に近づいているかを確認するために目を凝らしていたらその近くに墓場でもあったの
だろう。一気に倍の数に増えて町に向かってきた。まずいと判断して腰にあるポケットか
ら紙を出して使い魔にすると状況を聖堂に伝えた。その間に牽制として一発銃で先頭にい
た輩に当ててグールの軌道を少し変えて時間稼ぎを行った。
 しばらくして聖職者達がルランの下に来た。ルランは正確な情報を与えて、闇の中歩か
なければならない彼らを先導した。
 そして、先陣を切ってグールを屠っていった。バンパイアよりは弱いがそれなりに祓い
ながら屠らなければならない。
 群がっていたグールが一度退き、一箇所に集まろうとしたのを見て舌打ちした。早速、
何人かがグールの麻痺の力を受けてしまったらしい。動きが遅いグールを飛び越えてその
何人かに触れてそれを解除してやると迫っていた群れに手に持っていた刃だけではなく足
で直接蹴り上げて腰に仕込んだ聖別してあるダーツを投擲してまた何匹かを冥界に送った。
 ルランのほかに、六人、聖職者が来ていた。その誰もが洗練したそれなりの動きをして
いる。神官戦士団なのだろうか。なかには得物を使っている人もいる。
 一人、ルランと同じように得物と手足を使って屠っていた。ルランよりも鮮やかな技の
切れ方だ。白い神官服を着ずに黒い私服で黒髪の背の高い男はルランをみてふっと笑いな
がら後ろから来たグールにきれいなフォームの後ろ上段蹴りを見舞って、バランスを崩さ
ずに次の動作、反動を利用しての裏拳、片手に持っていた得物を振りさげての攻撃をした。
その流れも舞いを待っているように滑らかだった。
 そして、ものの五分でグールの群れはなくなってしまった。腐肉の匂いと血の匂いと死
の匂いが立ち込めるそこには青い精霊が数体舞ってその空気を浄化しようとしている。
 死体さえなければ、月夜に舞う月光の化身のような精霊の姿は幻想的であっただろう。
爽やかな風が吹けどもつぶれた顔に見届けられれば気分も悪くなる。
 そして、おおよそ聖職者がやったとは思えない惨状となったそこには腐敗した肉に汚さ
れた神官服を着た五人と、きれいにそれをよけて立ち回っていたルランと黒服をまとった
男がいた。
「協力感謝いたします。貴方は……?」
「しがない、狩人の一人です」
 すっと目を開いて聖職者を見ると先頭にいた茶髪の聖職者はその紅く光る炯眼に怖じも
せずににこりと笑った。
「とりあえず、ここから離れましょうか。貴方も辛そうだ」
 先ほどから顔をしかめていたのを見られていたようだ。ルランはあいまいにはにかみな
がら聖職者の列に加わって町に入っていった。
 門には両脇にかがり火が焚かれていた。微かな抵抗があるのを感じて呪符を燃やして魔
よけにしているのかと感心した。
「さあ、どうぞ」
 濡れた手ぬぐいを差し出されて顔を拭いて汚れた手足を拭いて、その手ぬぐいを返した。
「さすがだな」
 ふいに声をかけられて驚いた。振り向いてみると少し上のところに男の頭があった。ぐ
るりとルランが見回してみると全体的に見るとルランは一番背が小さかった。内心ショッ
クを受けているとわしわしと頭を撫でられた。正門のかがり火の明かりがずいぶん遠くに
感じられる。
「まあ、伊達に狩人を続けているわけじゃないので」
 目を伏せてそういうと声をかけてきた男が人懐っこそうな笑みを浮かべた。長身の集団
であるこの中では背は低く体格は良い男だが、そう笑うと子供のように見えるのが不思議
だった。
「やっぱ、ダンピールだからか?」
「……」
 いきなり突かれた言葉に顔をこわばらせてうつむいて小さく頷いた。男はいつの間にか
ルランの隣に来て頭に手を置いたまま、笑ったまま小さな声で言った。
「このなかの三人がダンピールだ。俺も、お前ほど強くは出てないがダンピールだ。ま、
身体的な特化もなく、せいぜいバンパイアを滅ぼせる程度の力しか持ち合わせていないが、
な」
「貴方も?」
「ああ。この聖堂はいいぞ。居場所も見つけられて。……俺達みんな流れモンなのよ。で、
あの、総大司教の親父、あれがみんな声掛けて、スカウト」
「おい、クリス、仮にも客人の目の前だ、総大司教様と呼べ」
「なに、ロホでいいって言ってたじゃないか」
「どれとこれとは違う」
 総大司教の通称をめぐって争いが始まったのをぽかんとしてみていると、別の、優男と
いう表現が似合ういそうな縁のない眼鏡をかけて細身の優しそうな男はふっと笑った。
「ま、俺達は、気楽にやらせてもらってんだ。外で総大司教はただの馬鹿だとも言われて
いるが、馬鹿でも馬鹿なりにきっちりと考えて俺達をここにいれてくれる」
「なんだその表現」
「ま、馬鹿は否定しないと、言っておられたじゃないか」
「違いねえ」
 にぎやかになった六人をあっけにとられてみていると、封じ込めていた半分の血が温か
さをはらんで訴えかけてきた。ルランは人知れずにふっと笑うと胸を押さえ目を伏せた。
歩きながら話していた気はしないが、だいぶ門から離れていた。かがり火の火影ももう、
ぼんやりとオレンジ色である。
「仲がいいんだな」
 そうもらすとじゃれあっていた全員が口をそろえて冗談じゃねえこいつらと、と言って、
また話がこじれるのであった。ルランは肩をすくめて目を伏せると気が緩んだ。ぐらりと
倒れる体を感じながら、逆に何故という思惟があった。
「おいおい、大丈夫かよ。ずっと疲れためてきたんじゃないのか?」
 そう心配そうな声が聞きながらルランは意識を失っていった。
「……、すごいお子様に目をつけたようですね、総大司教」
「まったく、物好きなものだよな」
 眼鏡をかけた優男風の聖職者が倒れたルランを受け止めて溜め息混じりに言うと、ルラ
ンに最初に話しかけた男が肩をすくめてルランを覗き込んで言った。他の四人も肩をすく
めている。
「ま、その物好きのおかげで俺達はここにいられんだろうな」
 そう締めくくったのは、肩にかかるぐらいの黒髪をうなじの辺りで一括りにして、先程
の黒い服に身を包んだ銀縁眼鏡をかけた男だった。皮肉気に唇をゆがめてルランを見てい
る。
「いいのかよ、弟子じゃないのか?」
「三年前まではな」
 ポケットから煙草を出してマッチもなく火をつけて深く溜め息をついた。闇空に紫煙が
立ち上っていく。その煙がまっすぐに立ち昇っていくのを見届けてルランを支えている男
はまた溜め息をついたのである。
「……まあ、何時までもここにいてもしょうがないし、そろそろ行こうか」
 支えていた男がルランを背負うと立ち上がってから目を丸くした。それを見てみんなが
みんな首を傾げた。何処かで息が合っている。
「どうした?」
「いや、すごく軽くて」
 どれどれと近くにいた背丈も体格も中ぐらいの男がルランの両脇に手を挟んで持ち上げ
ると同じように目を丸くして頷いた。
「ま、食うもん食ってなければ軽いだろうよ」
 煙草をくわえたままこの中で一番背の高い黒衣の男はそういって、かつての弟子のまだ
あどけない蒼褪めた寝顔をちらりと見た。
「まだ、修羅の道を歩んでいたのか」
 そう独語すると煙草を落として踏んで火を消すと聖堂までの道を駆け抜け医務室にルラ
ンの寝場所を作ったのであった。

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