青空の下、ざわざわと、ある町はにぎわっていた。市だろうか、人々は活気に満ち溢れ
道行く人全てに声をかけ、品物を売ろうとしている。
「ねえねえそこの旅のお兄さん、買わないかい?」
「足りている。問題はない」
 食料品を倍の高値で売ろうとした若い女に冷たく接して、ボロボロの外套を羽織った少
年、ルランは溜め息をついて鼻をかいた。
「くっせぇ」
 仕方のない事なのかもしれない。彼は、人の形をしているが、人以上の嗅覚や、人以上
の身体能力を持っている。それゆえの、側面なのかもしれない。人が溢れているところに
はあまり行きたがらない性分なのだ。そのための襟巻きでもある。
 襟巻きに顔をうずめてうつむいて目を閉じて人をよけて大通りを歩く。本来ならば、夜
になってから抜けるのだが、今日は、ある人に呼び出しを受けたのだ。
 一際白くまばゆく大きな建物の前について門番を無視して門に背を預けた。そうすると、
しばらくして一人の女性が出てきた。
「ああ、ルラン」
 少し丸っこい中年の女性。この町の中ではある意味有名だったする、聖職者の癖して女
傑というメニアだ。
「ごめんね、呼び出して」
「全くだ、俺が人ごみが嫌いだって言うの知ってるだろ」
 誰もがこのメニアには敬語で口を利くというのに、ルランは普通にタメ口だ。警備とし
て門の前に立っていた聖職者はさりげなく蒼褪めていた。
「まだ、人嫌い直ってないの? 全く世話の焼ける」
「誰が世話を焼かした?」
「そうね。まあ、本題に入るけど、総大司教がよんでるの」
 苦笑気味にそういってにっこり笑った。思いもよらない言葉にルランは一瞬何を言って
いるかがわからなくなってしまっていた。
「は?」
 頭が理解をし始めて眉を寄せて首を傾げた。目を閉じたままだが、それでも表情が言っ
ている。何の用だよと。
「あー、お前っ」
 背後からの陽気な声に振り返って目を開いて向けると警備の聖職者が腰を抜かした。メ
ニアは警備のものを引っ叩き、立たせてルランの背後からやってきた、ルランより背の高
く体格のいい青年を見た。
「知り合い?」
「覚えがない」
「なんだよ、昨日助けてくれたじゃないか、やっぱ、聖職者か何かだったんだな」
 勝手に誤解している青年に眉を寄せて昨日の夜の記憶を手繰り聖別もしていない首切り
包丁で死人を屠ろうとしたあの馬鹿かとやっと検討をつけた。
「昨日、化け物をただの首切り包丁で殺そうとした馬鹿か」
「馬鹿ってなんだよ。馬鹿」
 思ったとおりに口にするとさほど気にした様子はないがそれでも怒ったように唇を尖ら
して言ってきた。溜め息混じりに肩をすくめてちらりとメニアを見た。
「馬鹿としか言いようがないだろう。だろ?」
「まあね、聖別も受けてない剣でやろうとしたらねえ」
 大体のことを察してくすくすと笑ってルランを追っていたらしい少年に目を向けた。
「で、この子に何の用? 追ってきたからには用があるんでしょ?」
「あ、そうそう、これ、落としてたから。大事なもんだろ?」
 手を開かれて見せられたものは、彼の目と同じような真っ赤な石の首飾りだった。いつ
落としたのだろうか、普段、外套の下に収まっているはずのそれに目を剥いてばっとそれ
をとったルランの頭を小突いて驚きつつもメニアは微笑を浮かべた。どう見ても母だ。
「言う事は?」
 その言葉にルランはうつむいて顔を背けた。普段からこういうことは慣れていないと言
いたげだった。
「すまない、礼を言う」
 無造作にそれをポケットの中に突っ込んで不機嫌そうに目を下に向けた。
「で、貴方、それだけのために?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……」
「総大司教が呼んでるんだろ。行っていいか」
 その言葉に用件を思い出してルランの背を押して、警備のものに目を鋭くやって、案内
しろと目だけで命令したメニアは少年から詳しく用件を聞こうとした。
「で、どうしたの?」
「俺、この聖堂で、勤めたいんです」
「聖職者希望?」
「ハイ。……」
 手を見つめてその手を握った青年を見て何か訳ありかなと首を傾げていると少年は何か
を探すように目を泳がせた。何をする気かとさりげなく気弾の用意をしていると、青年は
塀によじ登り木の上にいた傷ついた小鳥を手に取り、下に降りた。
 昨日の朝、庭に落ちていた小鳥がいたなと思って、それを誰かが木の上に上げたらしい。
だが、なぜこの青年が小鳥を探しだし、なおかつ手に持っているのだろうかと、わくわく
とそれを見て首を傾げた。
「なにを?」
 青年は何も言わずにじたじたと暴れる小鳥を節ばった男らしい大きな手で包み目を閉じ
た。ぽうと淡い光が指と指の間から差し込み手を開いたとき小鳥はちちっと鳴いて少年の
顔を一周してからどこかに飛び立った。小鳥の傷を癒したのだ。
「ちょ、君?」
「だからです」
 まっすぐな目でメニアを見る青年にふっと笑って、メニアはこの青年を聖堂の中に通し
た。


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