ふっと見えたアランの瞳の奥の暗さにここにも一人、迷える子羊かとロホは溜め息をつ
いた。女性だからという限定でも辛い体験をしたのかもしれないなと観察しながら何時声
をかけようかと迷った。
「あ、総大司教」
 と、ヴィラが見つけてなければ長い時間、ルランと立ち尽くしていたのかもしれない。
ルランは他の興味があるものを決めたのか、きょろきょろと周りの家を眺めている。
 ロホは助かったと息をつきながらリリアに一声かけてから聖堂に帰った。途中アランと
別れたが、アランとルランの壁が、ヴィラとの壁より厚いこと言葉を交わしている二人を
見て気が付いた。
「アランさんとは何かやったのか?」
 昨朝の殺気と関係があるんだろうなと思いつつ聞くとルランが肩をすくめヴィラが苦虫
つぶした顔をした。
「何かあったんだ」
「いや、それほどでもないさ。試されてむっと来たから力を見せ付けただけだよ。そんで
レオの奴がいらねーこというから、こいつが俺たち二人のサンドバックになっただけだ」
「だけじゃないだろ」
「だけだ」
 よほど痛かったのだろうか。フルフルと震えているヴィラに片目を眇めて笑い、ルラン
に目を向けると鼻で笑っている。
「まあ、あいつ、俺たちに隠し事してるっぽいしね」
「どんな?」
「あいつが言わない限り、俺にはいえないだろう。本人は隠したいらしい」
 隠せてないんだけどなと口の中で呟いて剣には聖別された痕跡がなかったと思考だけを
つないだ。
「へえ、今度聞いてみるか」
「いいんじゃないか。まあ、俺の名前は出してもらいたくないが」
「どうしてよ」
「話がこじれるはずだ」
 なにやら言い争いをはじめた二人に溜め息をついて聖堂の門まで来て溜め息をついた。
聖堂の目の前で喧嘩するのはやめてもらいたいなあと手を鳴らして聖堂を指した。
「喧嘩は寮の中で」
「はーい」
 と二人は中に入り廊下内でもうるさく言い争っている。あれは大変だなと妙に達観した
ように思ってふっと視線をめぐらせて見るとリュイが真剣な顔をして耳打ちしてきた。フ
ェアルが予言をしたらしい。数ヵ月後だろうが、ここに妖魔が襲撃すると。
 最悪の分類だなと口には出さずに呟いて目を細めた。
「伝令の馬を。兵はいらないが、食料や呪符の分類をためておくように。ま、数万規模だ」
「了解しました」
 まじめな声のロホに頷いたリュイは、いつもこのような雑務をしている。雑務とはいえ
どもそうとは言えない重要な国への伝令役だ。
「呪符作れる奴に毎日二百枚課しておこっかな」
 備えあれば憂いなしって言うなと呟いて執務室に戻り羽ペンを執った。無論、口で伝令
するのではない。
「だから掲示板が必要だって言うんだよ」
 撤去を求められている普段使われていない食堂の掲示板に貼るための掲示物を作ると使
い魔に貼る作業を命じて一般執務に負われたのだった。


←Back                                   NEXT⇒