天から降り注ぐ祈りの予感
      
 冬の華が降り注いでいた。今日は生憎と曇り空。おまけに雪まで降り出した模様。七校
時目の眠い理科の授業を受けながら俺は頬杖をつきながらヒーターと汗の臭いがする教室
の窓から白く染まっていく校庭を眺めていた。
 授業はすぐに終わった。部活もこの雪だからない。そう決め付けて俺は掃除をサボって
時間を潰して帰りの準備をして学活が早く終わるように祈った。予想通り部活熱心な同級
生がやかましく早くしろだのと言っている。
  あまり口数が多くない俺に話し掛けるのは幼馴染の夕美だけだ。前の席にいる夕美は振
り返って今日一緒に帰ろうと穏やかに言って来た。俺は自分でも分かるほど素っ気無く返
すと溜め息をついた。
「どうしたの?」
「いや、寒そうだなって思って」
 窓の外を眺めながら言った。夕美は窓の外を見てそうねと頷いていた。今日はバレンタ
イン。男達は意中の姫からチョコレートを貰いたいと必死扱いてアピールしているがそれ
を水泡に返している。勿論そんな事をしても無駄だと分かりきっている俺は何もせずにい
るが。
  だからだろうか、チョコは少ない。元々甘い物が好きではない俺にとっては喜ばしい事
この上ない。甘い物が好きでは無いと分かっている夕美は毎年苦いチョコレートをくれる。
チョコレートを食べるならビターが良いなとぼやいた結果だろう。
  今年もくれるのだろうかと期待している俺は最も情けない人種だろう。自分で思うほど
堕ちている。
「はやくおわんねーかな」
「かったるいって?」
 頷いて白くなってしまった外を眺める。風が時たま吹き地吹雪を起こしている。外はか
なり寒そうだ。
  そして、学活は終わった。散り散りになっていく同級生の群れを見送ってさりげなく夕
美と並んで家路に着いた。
「ねえ、今日、寒いね」
「うん」
 何を話したいんだろうと疑問に思いつつ頷いた。そしてとある公園に差し掛かった時、
夕美が立ち止まった。
「どうした?」
「今日さ、バレンタインだよね?」
「ああ。下駄箱に何個か入ってたろ?」
 勿論入っていたチョコレートは夕美にやる。一度食べてみたがものすごく甘すぎて逆に
吐き気すら覚えた。
  そして夕美は一つの紙袋を手渡してきた。チョコにしては大きくてもこもこしている。
中を開けると白いマフラーだった。
「夕美?」
「今日誕生日だよね?」
 その言葉に驚いた。自分の誕生日など気にしていない。そう言えばそうだったなと思い
出して溜め息をついた。
「ああ。そう言えばそうだったな」
 そう言うとふわふわとした手触りのマフラーを俺より寒そうな夕美の首に巻いた。
「とりあえず帰るまで使え。顔色が悪い」
「でも」
「別に良いよ。コート着てるし」
 トレンチコートのポケットに手を突っ込んで肩を竦めた。そして寒さで赤くなっている
夕美の手を捕まえてそのポケットに強引に押し込んだ。ひんやりとした小さな手を自分の
手で温めてやる。
 突然の事で見上げたまま茫然としている夕美に急に自分がやった気障ったらしい行為に
恥ずかしさを覚え顔を背けた。
「え?」
「行こう。寒いだろ?」
 それだけ言うと何も言わせずにそのまま歩いた。冬は日の入りがはやい。五時をまわっ
た所なのに薄暗くなっている。俺達は、何も言わずに家路を歩く。無言の静寂がなぜか温
かい。そして夕美の家に着いた。
「ありがと、これ」
 やっと口を開いて夕美はマフラーを俺に巻こうとしたのか、背伸びしたがそれでも首に
届かない。どうしようか迷っているらしい夕美に俺はそっと片膝をついて頭を下げた。夕
美は微かに笑って俺の首にマフラーを綺麗に巻いてくれた。触れあう温もりが恋しかった。
「じゃあな」
 俺はそう言ってトレンチコートに入れていた片手をひらひらと振ると夕美に背を向けて
歩き出した。
  雪はいまだ降り続いている。俺は、願わくば夕美との関係はそのままでいたいとふと思
ったのであった。



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