愚かに堕ちるは輪廻転生

 彼は、その顔に満面の笑みをたたえていた。
 むせ返るような、血の臭いが立ち込める無機質な部屋の中で。
 ただ、おもちゃで遊んでいる子供のように、無邪気ともいえる笑みを、喜色だけを顔に。
 ――――――幼死神の笑み。
 そう称される、無邪気な笑みを。
 ガラスにひびが入り、血とおかれていた観葉植物の土が床に撒いてある部屋の中で、生
きているのは彼しかいない。その他はみな、赤色を無残にもしぶかせてその部屋を紅に染
め上げていた。
 その部屋の中にはいくつもの念が渦巻いている。負の、力が。
 ただ、その部屋にいたのかも知れない。
 ただ、その部屋に着ただけなのかもしれない。
 たまたま、その部屋を訪れてしまったのかもしれない。
 それなのに、彼は、彼は殺した。
 
 動機。殺りたいから殺った。明確な、無差別である種狂気とも取れる欲求。殺意もなの
も無い。ただ、どうでもよかった、たまたまそこにいたから殺った。誰でもよかった。
 無計画な無差別殺人。ただの狂人がやる狂った殺人。
 
 彼は笑ったまま殺害に使った凶器を無造作にくるくると回している。否、ただそれで遊
んでいる。
 この殺人も、彼にとっては遊びなのかもしれない。欲求を晴らすために、不満を晴らす
ために体を動かしただけなのかもしれない。彼にとってはそういうものだ。
 人を殺して遊ぶ。蟻を殺して遊ぶ。大きいか小さいか。同族か、異民族か。生き物とい
う面ではみな等しい。
「さあ次は」
 不思議に恍惚感に満ちた声と表情でそれをいうと彼は窓に近づき割れかけた窓に倒れこ
んだ。
 ぐっと割れた面に力が入り、見る見るうちに彼の体重を支えきれずに外に折れていく。
そして、最後の一膜が耐え切れず割れたとき、彼は満面の笑みを浮かべて宙へと身を投げ
た。
 地上百何メートルの高さから、きらめくガラスの破片は落ちてきて人々は騒然として建
物の中に入った。中には負傷者がいるが降り注ぐガラスの中出て助けようとする人はいな
い。
 少し遅れて、血による紅が降ってきた。
 降り注ぐ光の破片と紅。それが地上でまた砕け細かな粒となってはじける。
 その中に堕ちる、無骨な男の体。そして、地上で見事にひしゃげ体液や骨を周囲にさら
した。
 そして、どろりとアスファルトの上を赤黒い何かが流れ出たとき、人々は一斉にパニッ
クに陥った。耳を切るような悲鳴。慌てふためき警察と消防を呼ぶ人々。その場から逃げ
ようと走り出す人々や失神する人々もいる。
 そんな、混乱に満ちた場所になることも気にかけずに彼は身を投げた。罪から逃れたか
った訳では無い。彼なりのゆがんだ価値観だった。
「自己の死より快いものなどないのだよ。諸君」
 その口調はまるで、とっておきの事を教える教授のように、得意げでゆがんだ誇りに満
ちていた。
 そして、彼が、また生に着くまで、数時間の時を置いて、彼はしばしの休息をとった。
次の標的は、黒の明星、闇の明星と謳われるあの男にしようと心に決めて、眠りに就いた
のだった。

 そして、彼は警察の死体安置所から消え、また、別のところで、首を刈り取られた状態
で発見された。
 無論、即死。だが、首と離れた胴の胸には、吸血鬼に対するように大きな杭が穿たれて
いた。
 そして、何より印象的だったのは、その表情が、恐怖に引きつるものではなく、悦楽と、
恍惚にゆがんでいた事だ。