黒き天使に召されよう。

 雨が、降り続いている――。辺りは闇に包まれ、その中にぎれるような黒い車を走らせ
ている男は無表情で何かと話している。
「エージェントをこちらに。問題の場所に今向かっている途中だ」
 無線だろうか、イヤープラグをして話す彼は早口に言うと車のアクセルを踏み込んだ。
一気に車が加速する。
 雨粒はフロントガラスに叩きつけられ、倍以上の広がりを見せ視界を塞ぐ。ワイパーで
その中を泳ぐように進む。
「頼むぜ」
 押し殺した声でつぶやくと男は黒革のステアリングを握り締めアクセルをさらに踏み込
んだ。
 そして、吐いたのはとある埠頭だった。そこではすでに銃声と硝煙と血の匂いと断末魔
の叫びが濃く、漂っていた。死の匂いが。
「何人いる?」
 無線の集音機に向かってつぶやくとすぐに答えが返ってきた。
「ターゲットは五人。リボルバー三十二口径、ホローポイント弾を使用している模様です」
「シルバーチップは?」
 俗称だ。シルバーチップとも呼ばれる自称学生の暗殺者がここに来ているのだろうか。
彼の任務遂行率は彼よりも高い。いれば殺される可能性もある。
「現時点では確認できていません」
「そうか」
 男は隠しポケットの中に銃弾を隠し刃の抜き具合を確かめ頷いた。腰から銃を抜いて冷
笑した。
「コードネームWTC、現場に向かう」
「了解」
 その声を聞いた後、車を出た。降りしきる大粒の雨の中傘も差さずに男は大仰な射撃用
ゴーグルをつけて目を細めた。一瞬で頭が濡れた。服は防水性と防弾性に特化したコート
を羽織っているから平気だろう。
「さあ。何がでるやら」
 男は闇に紛れ走り始めた。その姿は闇をまとい世界を駆け巡る死神のものと酷似してい
るように思えた。
 
 彼は、暗殺者だ。闇の権力争いの切り札となり調和を守るもの。
 そして、数々の戦地へ赴き得たものは無かった。
 ただ、争いのむなしさを感じるだけで。
 それだけを思って、男は、黒の明星とも呼ばれる男は、その身を躍らせる。戦地へと。